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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)4576号 判決

原告

山田正二こと金昌翰

被告

伊藤明

主文

一  被告は、原告に対して、金三一九万二九四二円及びこれに対する平成二年七月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対して、金六〇〇万円及びこれに対する平成二年七月四日(訴状送達の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、追突事故について、自賠法三条により人損の賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  次の交通事故が発生した。

(一) 日時 平成元年一一月二二日午後七時五七分頃

(二) 場所 神戸市中央区熊内町四丁目一三番二一号先付近路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(神戸五二て八五七九号)

右運転者 伊藤由紀

右保有者 被告

(四) 被害車 普通乗用自動車(神戸五五え五四六五号)

右運転者 原告

(五) 態様 加害車が被害車に追突したもの。

2  原告は、本件事故後、次のとおり入、通院した。

(一) 長吉総合病院

平成元年一一月二三日から同月二四日まで通院

同月二五日から同年一二月二五日まで三一日間入院

同月二六日から平成三年三月二五日まで通院(実通院日数一〇五日)

ただし、平成二年九月一日は入院

(二) 大阪赤十字病院

平成二年三月一二日から平成三年七月一八日まで通院(実通院日数九日)

(この事実は、甲六及び甲七によつて認める。)

二  争点

1  原告の受傷の有無

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、外傷性頸部症侯群の傷害を負い、そのため、前記のとおりの入通院治療を受けたが、なお、原告には、自賠法施行令二条別表一四級に該当する後遺障害が残された。

(二) 被告の主張

本件事故は、極めて軽微であり、原告主張の傷害が発生したかは疑問であるし、仮にそのような傷害が発生したとしても、必要治療はわずかであり、入院の必要性はない。なお、自賠責保険において、原告の後遺障害が一四級に該当すると認定されたことは認める。

2  過失相殺

(一) 被告

本件事故は、原告が急ブレーキをかけて停止したために発生したものであり、過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告

争う。

3  その他損害額

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の程度、相当な治療期間などについて

1  本件事故の状況について

(一) 前記争いのない事実に、証拠(乙三ないし乙八、乙一三、乙一七、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件事故現場は、東西に通じる道路(神戸市道野崎線)上である。本件事故現場の道路は、一〇〇分の九の下り勾配のある、平坦にアスフアルト舗装されている片側一車線(車道幅員九・一メートル)の道路で、その両側には歩道(幅員は、三・〇ないし三・五メートル)が設けられている。

本件現場付近の本件道路は、最高速度は時速四〇キロメートルに制限され、追越しのための右側部分はみだしが禁止されている。

本件事故当時の天候は晴で、路面は乾燥しており、交通量は多い。

(2) 原告は、被害車(車長四・六九メートル)のタクシーを運転し、本件事故現場の道路を西に向かつて時速約四〇キロメートルで進行していた。そして、自車前部が追突地点手前約一三・四メートル(直接計測はなされていないが、別紙図面〈2〉ないし〈4〉の距離関係にほぼ見あう。)に達した〈ア〉付近において、進路左前方一〇・六メートルの歩道上に乗車しようとしているお客を認め、停止しようとブレーキをかけたが、停止直前において、加害車が後から接近中であるのに気が付き、ブレーキを緩め、アクセルを踏まない状態で進行を続けたところ、お客の前を自車後部が二・九メートル余り過ぎた〈×〉地点(追突地点)で加害車に追突され、その後三メートル進行して〈1〉に停止した(したがつて、車長四・六九メートルの被害車の前部は衝突地点から七・六九メートル先のところにあつたことになる。)。

(3) 伊藤由紀は、加害車を運転し、本件事故現場の道路を西に向かつて進行し、追突地点手前約三六・一メートルの〈1〉において、自車前方を進行中の被害車後部が自車前方一七・一メートルの〈ア〉にあるのを認めた。そして、その後、被害車から目を離し、前方の信号や案内標識を見ながら時速約四〇キロメートルで進行していたため、追突地点手前約一二・一メートルの〈2〉において、自車前方を進行していた被害車が減速し、停止直前の状態で、被害車後部が自車前方九・二メートルの〈イ〉(したがつて、車長四・六九メートルの被害車の前部は前方一三・八九メートルのところにあつたことになる。)に迫つていることに気付き、急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切つたが、一二・一メートル進行した〈×〉地点で低速進行中の被害車に追突し、その後一・三メートル進行して〈4〉に停止した。

(4) 本件事故により、加害車は左前フエンダーが凹損し、左前ライトが破損し、被害車は後部バンパーが凹損し、右後部方向指示器が破損した。そして、後部バンパー、ステー、ランプ、フイラー、エキステーシヨンが交換され、一部が板金修正された。なお、被告側依頼による私的鑑定人は、追突時の相対速度を最大限でも時速一三キロメートル程度であるとしている。

(5) 本件事故時において、原告は、被害車の運転席にシートベルトをして着席中であつた(原告本人)。

(二) そして、右認定事実の事実関係を前提とした場合、追突時における相対速度を最大限でも時速一三キロメートルとしている鑑定書(乙一三)は、ことさら最大限と明記した趣旨が実際は相当程度これを下回り得るという判断に基づくものであるとすれば、その部分においては採用しがたいが、時速一三キロメートル程度としている趣旨であるものであるとすれば、その意味においては採用できることになる。

2  原告の症状及び治療の経過について

前記争いのない事実に、証拠(甲二の一ないし四、甲六、甲七、乙九、乙一四、乙一五の一及び二、乙一六、乙一八、原告、証人吉田昌司)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故翌日(一一月二三日)の午前中、頸部運動制限、吐き気、食欲不振を訴えて、長吉総合病院において診察を受けた。その際、神経学的検査によつては、右上肢に知覚鈍麻がやや認められたが、上腕二頭筋反射などの異常反射所見は認められなかつた。そして、同病院医師は、原告の症状を、二週間程度の加療を要する頸椎捻挫と診断し、湿布、ネツクカラーを行い、投薬をした。なお、その際原告は、本件事故の損傷が車体にまで及ぶもので、大破であつたと説明した。

その翌日も、原告は、頭痛、吐き気を訴えて長吉総合病院に通院した。その際、頸椎造影検査(ミエロ検査)により、第三第四頸椎間及び第五第六頸椎間の椎間板硬化及び狭小化が認められ、握力は右二〇キログラム、左三四キログラムであつたが、ジヤクソンテストが陽性であつた他は、神経学的所見は認められなかつた。そして、安静を目的として一週間程度の入院が指示された。

(二) 原告は、平成元年一一月二五日、長吉総合病院に入院した。この入院の期間中、原告は、継続的に、頭痛、頸部痛、右上肢のしびれ感、吐き気、右肩痛、眼の充血などを訴え、一時、腹痛を訴えた。この入院期間中、頭部、頸部のCT、頸部の造影CT、脳波、筋電図、心電図、腹部超音波、眼底の検査が行われ、頸部のCT検査では第五第六椎体後方に後縦靱帯骨化というよりは骨棘と思われる突出を、第三第四頸椎間で神経孔から椎弓にかけての、黄靱帯骨化というよりは骨自身の膨隆と考えられる骨の肥厚を認め、骨軟骨症の印象があると、頸部の造影CT検査では第四第五頸椎間に骨棘による硬膜嚢の圧排があり、硬性椎間板との印象があると、筋電図検査では第五第六頸椎由来と思われる神経原性電位異常が認められると、腹部超音波検査では肝の脂肪浸潤(脂肪肝)がされ、また眼科的には結膜の充血が認められるとされたが、頭部CT、脳波検査、心電図検査、眼底検査では異常は認められなかつた。

原告は、湿布、投薬、注射などの処置を受け、同年一二月五日からは頸椎牽引及び超音波療法も開始された。そして、同年一二月二五日、退院をした。

(三) 原告は、同月二六日から長吉総合病院に通院を開始し、平成三年三月二五日まで通院した(実通院日数一〇五日)。この通院期間中、頭痛、頸部痛、右手しびれ感などを継続的に訴え、牽引、投薬、注射、神経ブロツクなどを受けた。

この間、平成二年九月一日午前一時五分頃、強度の頸部痛を訴えて診察を受けた。その際の血圧は一七〇、一〇〇で、内科医との相談の必要があるとして入院の措置がとられたが、同日中に退院が許可された。

また、眼科での診察も継続的になされたが、両眼の充血、疼痛と事故との直接の因果関係があるとは考え難いとされた。

(四) 原告は、平成三年三月二五日、長吉総合病院において、吉田昌司医師による後遺障害診断を受けた。その後遺障害診断書には、次のとおり記載されている。

〈1〉 傷害名

頸部及び腰部捻挫、右肩挫傷

〈2〉 自覚症状

頭痛、頸部痛、右肩痛、両手のしびれ(特に右が強い)、不眠

〈3〉 他覚症状又は検査結果

頸椎の疼痛に伴う運動制限(前屈二〇度、後屈一〇度、右屈一〇度、左屈二〇度、右回旋一〇度、左回旋二〇度)、ジヤクソン陽性、両後頭神経、肩甲上神経領域の圧痛、筋電図上頸椎由来と判断される神経原性電位異常、受傷後高血圧の持続(因果関係は不明)、レントゲン上第三第四、第五第六頸椎間を中心とした退行性変化(因果関係は不明)、握力右六キログラム、左三三キログラム

〈4〉 障害内容の増悪、緩解の見通し

長期加療にても症状の持続あり、余後の改善は期待できない。

(五) 原告は、平成二年三月一二日から平成三年七月一八日まで、大阪赤十字病院に通院した(実通院日数九日)。

初診時において、頸椎の可動域は、前屈三〇度(疼痛あり)、後屈三〇度(疼痛なし)、右屈一五度(疼痛あり)、左屈一五度(疼痛あり)、右回旋三〇度、左回旋一五度であつた。神経学的には、左大後頭神経圧痛、左項筋圧痛、左腕神経叢圧痛、両側頸椎圧迫テストで陽性が、上腕二頭筋、上腕三頭筋、腕撓骨筋の反射の低下が認められたが他は正常であり、右手指の巧緻障害が認められ、握力は右八キログラム、左四七キログラムという状態であつた。

原告の症状は、外傷性頸部症侯群、脊椎骨軟骨症、脊椎管狭窄症によるものであると診断され、平成二年三月二二日、脊椎骨軟骨症に対する、ホツトパツク、頸椎牽引などの理学療法が指示され、同日は行われたが、原告は、その後同年五月三一日まで大阪赤十字病院には通院せず、同病院における理学療法は行われないままとなつた。

そして、原告は、平成三年七月一八日、大阪赤十字病院において、大場健医師による後遺障害診断を受けた。その後遺障害診断書には、次のとおり記載されている。

〈1〉 傷病名

外傷性頸部症侯群、腰部捻挫、座骨神経痛

〈2〉 既存障害

脊椎骨軟骨症、脊柱管狭窄症

〈3〉 自覚症状

頭痛、頸部痛、中指のしびれ、巧緻運動障害、腰痛、両下肢痛(右が左より大きい)

〈4〉 他覚症状又は検査結果

肝機能軽度障害、頸椎所見第三ないし第六頸椎に変形及び狭窄を認める。腰痛レントゲン所見ほぼ正常。

〈5〉 精神、神経の障害

頭痛、頸部痛、手指のしびれ、脱力あり、頸椎の可動域は、前屈二五度、後屈二五度、右屈二〇度(疼痛あり)、左屈二五度(疼痛あり)、右回旋二五度、左回旋二〇度で、神経学的には、両側項筋圧痛、右頸椎圧迫テスト、肩圧迫テストで陽性が、上腕二頭筋、上腕三頭筋、腕撓骨筋、膝蓋腱、アキレス腱の反射の低下が、右手指の巧緻障害、全指の知覚鈍麻が認められ、握力は右〇キログラム、左五キログラムという状況で、相当に著明な頸部神経症状を残す。

腰痛、下肢痛があり、右側に著明な腰部神経根症状を呈する。

3  原告の受傷の有無等

右1、2に認定の事実を前提として、原告の受傷の有無、程度、相当治療期間などについて判断する。

(一) 原告の受傷の有無・程度などについて

(1) 受傷の有無・程度について

本件事故の状況及び症状経過、また、本件全証拠によるも、本件事故前において原告がこれらの症状を訴えていたとは認められないことなどを考えあわした場合などによれば、原告は、本件事故による衝撃により、当初診断のとおり外傷性頸部症侯群(頸椎捻挫)の傷害を負つたものと認められるところ、原告に前記既存障害が存しなければ右受傷が生じなかつたことまでを証する証拠は存しない。これに対して、被告側依頼による私的鑑定書は、衝突時における相対速度が時速一三キロメートル、衝突時間が一・五秒であり、本件事故により被害車に生じた加速度は八・八七メートル毎秒毎秒(m/s2)となるとの前提で、本件事故による衝撃は頸部筋力の三分の一以下、無傷レベルの一二分の一以下であるなどとして、原告の頸部に傷害が生じるとは考えられないとするが、右衝突の状況を前提として、直ちに同鑑定書のように結論できるかには疑問の余地があるところであつて、右認定を左右するものとはならない。

しかしながら、原告の症状が、本件事故翌日頃においては、頸部運動制限、吐き気、食欲不振を訴え、神経学的検査によつては、右上肢に知覚鈍麻が軽度認められ、ジヤクソンテストが陽性であつた他は、異常がないものと認められ、握力としては右二〇キログラム、左三四キログラム程度であつたなどさしたる他覚的所見の伴わない、自覚症状を主体とするものであつたこと、ところが、その後増悪し、大阪赤十字病院初診時である平成二年三月一二日頃には、神経学的には、左大後頭神経圧痛、左項筋圧痛、左腕神経叢圧痛、両側頸椎圧迫テストで陽性が、上腕二頭筋、上腕三頭筋、腕撓骨筋の反射の低下が認められるに至り(なお、他の神経学的異常はこの時点では認められていない。)、握力は右八キログラム、左四七キログラム程度と左は改善したが、右が悪化していたこと、長吉総合病院において後遺障害診断を受けた平成三年三月二五日頃には、両後頭神経、肩甲上神経領域の圧痛が認められ、握力も右六キログラム、左三三キログラム程度と両側が低下していたこと、大阪赤十字病院において後遺障害診断を受けた平成三年七月一八日頃には、神経学的には、両側項筋圧痛、右頸椎圧迫テスト、肩圧迫テストで陽性が、上腕二頭筋、上腕三頭筋、腕撓骨筋、膝蓋腱、アキレス腱の反射の低下が、右手指の巧緻障害、全指の知覚鈍麻が認められ、握力としては右〇キログラム、左五キログラムと更に悪化したことなどはいずれも前認定のとおりであるが、事故による衝撃という一時的な刺激が右のような相当期間経過後における症状の増悪をもたらすとは考え難いところである。一方、脊椎骨軟骨症とは、一般に、頸椎とその支持組織の退行性変化を基礎とした脊椎骨辺縁における骨軟骨の増殖性変化、ことに骨棘形成の状態をいうものと理解されており、原告には、前認定のように既存障害として脊椎骨軟骨症及び脊柱管狭窄症が存在していた(なお、このことは、事故以前においてそれらの症状が発現していたことを必ずしも意味するものではない。)ものであるが、事故による衝撃という一時的な刺激がその増殖性変化の加速に寄与するとは考えがたいところであつて、右に見られるような症状の増悪については、事故によるものというよりは前記既存障害(特に脊椎骨軟骨症)の進行によるものと考えざるを得ず、本件事故による原告の頸椎捻挫それ自体としては、当該部位の軟部組織を打撲又は捻挫したことによる自覚症状を中心としたものとであつたと認めるべきことになる。

なお、原告の眼の症状や高血圧については、本件全証拠によるも、本件事故との因果関係を認めるに足りない。

(2) 入院治療の必要性、相当治療期間について

原告は事故三日後の平成元年一一月二五日から同年一二月二五日までの間、長吉総合病院に入院しているが、軟部組織の損傷を内容とする頸椎捻挫においても、一般に受傷後二、三週間ないし一か月までの期間については安静を要する急性期と理解されていることや前記原告の症状経過などから考えて、原告に前記既存障害が存したことを除外したとしても、なお、原告を入院させた吉田医師の判断は相当なものであつたと認める余地があるところ、これを否定するに足りる証拠は存しない。

一方、吉田医師が原告について、平成二年三月二五日までの間治療の必要性があると判断していたことについても、原告の症状経過に前記既存障害が原告に存したことなどを考え合せた場合、その合理性を肯定できることにはなるが、軟部組織の損傷を内容とする頸椎捻挫においては、一般的には、入院安静を要するとしても長期間にわたる必要はなく、その後は多少の自覚症状はあつても日常生活に復帰させて適切な治療を施せば短期間のうちに普通の生活をすることが可能になるものであり、本件においても大阪赤十字病院初診時である平成二年三月一二日頃には、原告の症状は、全体的には増悪しつつも(なお、この増悪は右認定のように既存障害の進行によるものと考えられる。)、左手握力が四七キログラム程度と改善する等部分的には改善が見られているものであるから、原告に前記既存障害が存在したことを無視しては、その合理性を認めることができないことになる(なお、原告は、その後も大阪赤十字病院に通院していたことも前記認定のとおりであるが、その主たる目的が検査にあつたことは前記認定の通院経過から明らかであつて、その期間をも治療期間と評価することは相当ではない。)。

(3) 後遺障害の有無について

前記認定の症状経過によれば、原告の頸部については、相当に著明な神経症状が残存したものというべきことになるが、そこには、前認定のように既存障害の進行により症状が増悪した結果であると考えられる部分が含まれているから、その全部を本件事故に起因するものと認めることは相当ではない。しかしながら、自賠責保険において認定されたような自賠法施行令二条別表一四級一〇号程度の神経症状が本件事故により発症し、かつ、残存したことについては、本件事故の状況や事故後間もない時期における原告の症状の経過などから考えてもなお相当と認め得るものであつて、それについてまで相当因果関係を否定したり、素因に応じた割合的認定ないしは寄与度減責をしなければ損害の公平な分担を図れないとは認め難い。

二  損害について

右一で認定、説示したことを前提として、原告の損害について判断する。

1  治療費・文書料(請求額一万四〇〇〇円) 一万五一七〇円

甲三の一ないし八、甲九によれば、原告が、長吉総合病院における文書料として五一五〇円、大阪府立病院における治療費として二八〇円、大阪赤十字病院における治療費として六六〇〇円、文書料として五一五〇円を支払つたことを認めることができ、文書料については相当因果関係があることは明らかである。しかしながら、大阪府立病院における治療費については必要性が明らかではない。また、大阪赤十字病院における治療費のうち、平成二年三月一二日分二三九〇円(甲三の四)、同月一六日分二四八〇円(甲三の五)については、本件事故による傷害の程度を明らかにするための検査という趣旨を伴うものであるから本件事故と相当因果関係を認めることができるが、その余の治療費については、前記治療経過からして既存障害に対するものであることが明らかであつて、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。

したがつて、右合計一万五一七〇円が本件事故と相当因果関係のある治療費及び文書料ということになる。

2  入院雑費(請求額四万一六〇〇円) 四万〇三〇〇円

原告は、平成元年一一月二五日から同年一二月二五日まで三一日間入院し、その間一日当たり一三〇〇円の割合による右入院雑費を必要としたものと認められる。

しかしながら、その余については、本件事故との相当因果関係を認めることができない。

3  交通費(請求額一万二〇七〇円) 四六六〇円

甲四の一、二及び四によれば、原告の通院交通費として四六六〇円を要したことを認めることができる。これに対して、甲四の三は、原告が入院中、取り調べのため葺合警察署に赴くための費用であつて、本件事故がなければ要しなかつた費用であることは明らかではあるが、警察活動に協力し、また、自己の言い分を明らかにするため要した費用であるから、被告に負担させることが相当であるとは認められない。

4  休業損害(請求額五四一万一六五五円) 二五二万七七〇七円

原告は、本件事故当時、タクシー運転手として、文化タクシー株式会社に勤務し月額平均三一万五三二七円程度の収入を得ていた(甲五、原告本人尋問の結果)。また、賞与については、平成元年一一月二三日から平成二年一一月二〇日までを算定期間として三二万一五〇〇円を減額したかのような証明書(甲八)と平成元年一一月二三日から平成二年五月二〇日までとその後平成二年一一月二〇日までを算定期間としてそれぞれ三五万四〇〇〇円、三七万六四五〇円を減額したかのような証明書(甲一〇の一及び二)という相矛盾する証拠が存し、判然としない部分があるといわざるをえないが、一般の慣行などから考えても、年間二か月分程度については、原告においても賞与を得ていたものと推認することができる。

そして、右に認定した原告の症状の内容及び程度、その治療経過などに照らすと、原告は、本件事故による傷害のため本件事故日から退院した平成元年一二月二五日までの三四日間については一〇〇パーセント、その後、大阪赤十字病院初診時であり、頸椎捻挫に基づく症状の改善が認められた平成二年三月一二日までの七七日間については八〇パーセント、その後、長吉総合病院において後遺障害診断がなされた平成三年三月二五日までの三七八日間については三〇パーセント程度の就労能力の制限が生じ、その余の制限については、原告の既存障害に伴い生じたものと認めるのが相当である。

したがつて、右認定の年収額四四一万四五七八円を基礎とし、原告が、本件事故により被つた休業損害を計算すると、次の計算のとおり二五二万七七〇七円(一円未満切り捨て、以下同様)となる。

(計算式)

4,414,578×34÷365×1.00=411,220………〈1〉

4,414,578×77÷365×0.80=745,035………〈2〉

4,414,578×378÷365×0.30=1,371,452………〈3〉

〈1〉+〈2〉+〈3〉=2,527,707

5  逸失利益(請求額六一万五八一三円) 五七万六五四三円

前記認定の後遺障害の程度によれば、原告は、症状固定の日から三年間にわたり平均してその労働能力の五パーセントを喪失し、それに相応する財産上の利益を失つたものと認めるのが相当である。

なお、前記のとおり既存障害の点は、右後遺障害の程度を判断するに当たり考慮しているので、右範囲の後遺障害は全て本件事故に基づくものと評価されることになる。

そこで、前記原告の年収額(四四一万四五七八円)を算定の基礎とし、ホフマン式計算法(ただし、用いるホフマン係数は、事故時から症状固定時までの一年余りの期間を考慮し、期間四年のホフマン係数と期間一年のホフマン係数の差)により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、次のとおり五七万六五四三円となる。

(計算式)

4,414,578×0.05×(3.5643-0.9523)=576,543

6  慰謝料(請求額四七五万円) 一七五万円

以上に認定の諸般の事情を考慮すると、原告は本件事故によつて相応の肉体的精神的苦痛を受けたものと認められ、これに対する慰謝料としては一七五万円(入通院慰謝料一〇〇万円、後遺障害慰謝料七五万円)が相当である。

(以上1ないし6の合計は、四九一万四三九〇円である。)

7  過失相殺

(一) 事実関係

(1) 原告が、本件道路を時速約四〇キロメートルで進行中、被害車前部を基準とした場合、本件追突地点手前一三・四メートルの地点で進路左前方一〇・六メートルの歩道上に乗車しようとしているお客を認め、停止しようとブレーキをかけたこと、被害車は、加害車に追突される直前にブレーキを緩め、追突された後は、自車前部が衝突地点を七・六九メートル過ぎた地点で停止したことは前認定のとおりである。そして、一般に(一般に用いられる空走時間〇・八ないし一・〇秒、摩擦係数〇・七を前提とした場合)、時速四〇キロメートルで進行している自動車が停止するためには、急ブレーキをかけた状態においても、空走距離八・八八ないし一一・一一メートル、実制動距離八・八二メートルの合計一七・七ないし一九・九三メートルを要するとされているところ(なお、前記のように一〇〇分の九の下り勾配のある本件道路では、その距離は更に長くなるはずである。)、原告はお客を一〇・六メートル先に認めてブレーキをかけたものであり、かつ、被害車は、本件事故現場が下り坂で、かつ、加害車に追突される直前にブレーキを緩め、追突による衝撃を受けたにもかかわらずその後二一・〇九メートル進行して停止していることを考えあわせた場合、職業運転手である原告としては、お客を乗車させるために、急ブレーキをかけたものと推認される。

この点につき、原告の捜査段階における供述(乙八)中には、急ブレーキはかけていないとする部分があるが信用できない。

(2) 一方、伊藤由紀が、加害車を運転し、本件事故現場の道路を西に向かつて進行し、追突地点手前約三六・一メートルの地点(〈1〉)において、被害車後部が自車前方一七・一メートルにあるのを認めながら、被害車から目を離して進行していたため、被害車が減速し、停止直前の状態になつているのに気付いたのは、追突地点手前約一二・一メートルの地点(〈2〉)において、被害車後部が自車前方九・二メートル(そのとき、被害車の前部は一三・八九メートル前方)に迫つてからのことであつたことも前認定のとおりである。そして、このことに右(1)の事実を総合すれば、伊藤由紀が被害車が停止しようとしているものと認識したのは、被害車前部を基準とした場合、本件追突地点手前一三・四メートルの地点でブレーキをかけた被害車が、本件追突地点を一・七九メートル通過した後ということになり、その時間としては、被害車がこの間を時速四〇キロメートルのまま進行を続けた場合の所用時間一・三六秒を越えることは明らかである。もつとも、その時間が、時速四〇キロメートルで進行している自動車の全制動時間二・三九ないし二・五九秒(制動時間一・五九秒と空走時間〇・八ないし一・〇秒の合計)はもちろんのこと、加害車が〈1〉から〈2〉まで時速四〇キロメートルで進行するのに要した二・一六秒を越えるとは認められない。

(二) 判断

右認定事実に基づき、双方の過失について判断するに、加害車の運転者である伊藤由紀に前方不注視の過失があつたことは明らかである。しかしながら、道交法二四条は危険を防止するためやむを得ない場合以外の急ブレーキを禁止し、また、現実にも、交通量が多く、歩車道も分離されたなどの状況にある本件道路のような道路においては車の流れにしたがつて進行するのが通常であるということができるところ、原告の急ブレーキは道交法の禁止する急ブレーキに該当することになる。また、道交法施行規則二一条は、同一方向に進行しながら進路を変更する場合につき、その行為をしようとする時の三秒前における合図を要求しているが、右進路変更は、危険を防止するためやむを得ない場合以外の動静の変更の典型ともいうべき形態である。そのようなことを考えあわした場合、伊藤由紀が注意を怠つていた一・三六ないし二・一六秒程度の時間は、短いものとはいえず、その前方不注視の程度は相当に大きいといわざるをえないことは明らかであるが、そのようなブレーキをかけた原告にもやはり過失があると認めざるを得ない。

その他、以上に認定の事実から認められる双方の過失の内容、程度、衝突場所の道路状況等を考慮すると、原告の過失は一割と認めるのが相当である。

したがつて、原告の損害額は、右過失割合一割を減じた四四二万二九四二円となる。

8  損益相殺(主張額一五三万円) 一五三万円

当事者間に争いがない。したがつて、前記損害額から右一五三万円を控除すると、残額は二八九万二九四二円となり、これが被告が原告に対して賠償すべき損害額となる。

9  弁護士費用(請求額三〇万円) 三〇万円

本件訴訟の審理経過及び結論によれば、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、右のとおりと認めるのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井英隆)

別紙 〈省略〉

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